石室 寿比南山
2026-05-27 08:50:13
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寿比南山
だから当時、郡長の周康は船で近海を南山を巡視していた時、遠く山中を眺めて、ぼんやりと山に人が住んでいると思っていたが、接岸して訪ねた時には大きな石だったことに気づき、この大きな石の後は石室と呼ばれていた。
石室のそばには「寿」の字碑があり、慈禧太后の御筆であり、三亜の重点保護文化財でもあり、その高さは2.76メートル、幅は1.1メートル、厚さは0.3メートルである。「寿」の字は石碑の真ん中に陰刻され、身長は1.45メートル、幅は0.68メートル。「寿」の字の頂額の真ん中には5寸四方の慈禧璽印が陰刻されている。「寿」の字の右側に陰刻:「光緒二十九年九月二十八日慈禧端祐康頤照豫庄誠寿恭欽献崇皇太後六旬万寿御筆」。その右には「賜」の字があり、「寿」の字の下には碑記の全文が陰刻され、「寿」の字の左下には「臣王亘」と陰刻されて落款された。
『崖州志』によると、「寿」の字の碑刻は清光緒二十八年(1902年)に作られ、碑を建てた人は「王亘」で、湖南省湘郷人、絵が得意で、慈禧六十大寿時(1894年)、光緒皇帝は彼の絵の技を認め、寿屏を描くよう命じた。王亘が描いた絵の幅、冊子、扇子は慈禧と光緒皇帝から賞賛された。光緒辛丑年(1901年)、王亘は崖州知州に就任し、慈禧御筆「寿」の字をそのまま碑に刻んだ。「寿」の字碑を安置するために、王亘は同善堂も創建した。後に善堂が破壊され、「寿」の字碑は1994年に大小洞天に再立した。